【特集001】200回記念特集寄稿文  伴 とし子

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 丹後の葵祭りは、海部穀定先代第八十一代宮司の『元初の最高神と大和朝廷の元始』によれば、「欽明天皇の御代に始まったと謂われるが、・・」とあり、京都の葵祭りと同様に軌を一にしておこなわれたと伝えられるが、さらに、社伝によれば、欽明朝以前は「藤祭り」といわれたとあり、丹後では藤祭りとして古くからその伝統があることがわかる。
 さらに、それ以前をたどれば、第八十二代宮司編著の『元伊勢の秘宝と国宝海部氏系図』(籠神社社務所発行)によれば、「之は御祭神の再誕に関する、所謂御生れの神事であるが、当神社も於いては更にその淵源をたどると、人皇四代懿徳天皇の御代四年甲午年に始まったと伝えられ、之の祭儀には豊受大神及び、彦火明命・彦火火出見命・丹波道主命に関する深秘がある。」とされる。


 第四代である懿徳天皇4年とは、紀元前507年である。当社では、平成6年には、藤祭り葵祭り発祥2500年祭も執り行われた。
 さて、なぜ丹後の葵祭りに「藤」が使われるのか。海部穀定第八十一代先代宮司の前出の著書によれば、「豊受大神が、水徳の大神であらせられ、真名井の水に関係ある神事だからである。」「伊勢の祠官度会元長の神祇百首和歌に「藤花、花開(さけ)ハ、真名井ノ水ヲ結(むすぶ) トテ藤岡山ハアカラメナセソ」とあり、註に、「件ノ真名井ノ水ハ自天上降坐ス始ハ日向ノ高千穂ノ山ニ居置給フ其後、丹波与佐之宮ニ移シ居置タマフ豊受大神勢州山田原ニ御遷幸乃彼水ヲ藤岡山ノ麓ニ居祝奉リ朝夕ノ大御饌料トナス」と見える。また、同社の祭に藤の花を用いたことは、後拾遺和歌集に、良暹(りょうぜん)法師の詠める歌に、「千歳( ちとせ)経(へ)ん君が、頭挿( かざ)せる藤の花、松に懸れる心地こそすれ」とあるに依って知られる。」とある。
 このことからは、豊受大神と、真名井の水と藤とが深い関連にあることがわかる。


 また、驚くべきことは、国宝『海部氏勘注系図』にもこの祭りの起源を伝える記述があることだ。
 国宝『海部氏勘注系図』は、江戸期に成立したものとはいえ、内容的には、ほかにない重要な古伝、秘伝を伝えていることから、その内容においては、平安期に成立した国宝『海部氏系図』に遡るものであろうといわれるものであるが、そこに次のようにある。
「四世孫、笠水彦命」のところに、「御蔭之神事、今俗称葵神事」とある。「御蔭(みかげ)の神事、今、俗に葵の神事と称す」と明記されている。この「四世孫、笠水彦命」とは、倭宿祢命の子であり、二代目の天皇である綏靖天皇のときに、天御蔭之鏡を神寶と為し、以て仕え奉ったとある。





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